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ベテラン社員STAFF VOICE

Taketoshi Abe

阿部 武敏 [アベ タケトシ]

  • 取締役会長
  • 入社年 /1972年

● 性 格 / 企画創造開発が大好き(新商品開発、イベント企画、新し物好き)
● 血液型 / AB型
● 趣 味 / 家庭菜園・ガーデニング、フェリー・ドライブ旅行、うまいもの食べ歩き、日本メダカの繁殖
● 座右の銘/ くそっ、負けてたまるか!

 

●どんな仕事をしていますか?

1977年~2010年  マルハチ代表取締役
2010年~現在    マルハチ取締役会長
2010年~2016年  庄内町商工会会長として「たべぶら」「笑顔で元気な挨拶運動」「一店逸品」など主催
2010年~現在    庄内町観光協会会長として「月山龍神マラソン」など開催

 

●仕事で得たやりがいや嬉しかったエピソード

昭和59年に開発した「りんご茄子」が大ヒットし、夢の新工場が現実になったことが社長業30年の中で最大の感動!

当時マルハチ工場はかなり老朽化していて、幹部社員が集まればつねに新工場の夢を語り合った。社長室はないけれど社員がゆったり休めるホテルのロビーのような休憩室、清潔で衛生的な工場、自動化された袋詰め生産ライン、明るくモダンな事務室、ヒット商品を生み出す研究開発室。それが思い描く夢の新工場だった。

昭和63年、「りんご茄子」が会社を変えた。
元々は三川町の地方卸売市場「庄果」の当時専務である佐藤氏から売り切れなかった小茄子を漬物にして販売してもらえないか?という依頼が始まりだった。2年間商品開発に取り組んだが、失敗。そして昭和59年8月のこと、お客様との商談を終えた秋田からの帰り道、車を運転中にふっとアイデアが浮かんだ。「こんな暑い日はさっぱりとした漬物が食べたい!」すぐさま商品開発へ取りかかり、「りんご茄子」は大ヒット商品へと大変身を遂げた。注文ピーク時には24時間操業を続けるほどだった。生産者も喜び、マルハチも喜び、お客様からも大変喜んでいただいた。そして新工場建設につながった。

一つの大ヒット商品が会社を変える!メーカーとしての醍醐味である。
私は今でも、寝ても覚めてもそして遊びながらもヒット商品アイデアを考え続けている。

 

●これまでどんな困難に直面して、それをどう乗り越えましたか?

昭和52年9月6日、二代目社長である父が突然脳溢血で倒れ、急逝。
私は入社5年、28歳になったばかりで経営者として全くのど素人であった。そして、当時のメイン商品である「羽黒たくあん」が価格競争の真っ只中で売れば売るほど赤字、ついには赤字決算に。マルハチは存亡の危機にあった。
それでもこの難局をプラスに捉え「天が私に与えた試練」と受け止めた。父が存命中は仕事にも身が入らなかったまさに「親不孝のドラ息子」の私に試練を与えてくれたのだと。
周囲からは青二才、商才なしと言われながらも、負けてたまるか!の精神で三代目社長として挑戦をくり返した。

三兄弟(現会長:阿部武敏、現副会長:敏明、現専務:光明)が結束して、夕食後はいつの間にか経営会議の日々(当時は三兄弟が同居)。マルハチの方向づけに激論を交わし、気づくと夜が白み始めていた。そしてついに、競争激化となった「たくあん」事業からの撤退を決意し、新しくサラダ感覚の「浅漬け」に舵を切った。父が全精力を傾けて取り組んだ「たくあん」。後ろ髪を引かれる思いであったが、私たちは新生マルハチに賭けた。

新ジャンルの「浅漬け」として最初に開発したのは、あつみかぶを原料にした「雪ん娘」。
あつみかぶとの出会い、返品の山、自然色へのこだわり、奇跡の復活など、ひと言で語ることはできないが(雪ん娘開発ストーリーページを参照)、「雪ん娘」の3年目の大ヒットによりマルハチは倒産の危機から奇跡の大復活を遂げた。

 

●仕事に取り組む時に大切にしていること

熱い思い!
物事が成就するかしないかは自分の熱い思い次第。
絶対にやり遂げるという熱い思いが決め手となる。成功しないのは、この熱い思いが足りなかったのだと考えている。
本気かどうか!熱い思いがあるか!体からオーラが出ているか!
この闘争心を大切にしている。

 

●夢や今後の展望を聞かせてください。

山形県の田舎にある「小さくともキラリと光る会社」づくりをめざす。
地域の人から喜ばれ、信頼され、そして何よりも、マルハチ社員がイキイキと仕事を楽しみ人生を楽しめる会社にしていくことが「夢」!!!

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